霧峰神社の三獣人-13項- エピローグ

「やっぱり葉月さんでしたね。」

霧峰神社の境内前、継承式を終え、いつものセーラー服姿に戻った美紅がくすっと笑いながら言った。

「・・・ははっ、そうだな。」

俺は巫女装束の美紅も良かったけど、やっぱこの方が落ち着くなって思いながら頷いた。

「残念だったか? お前だって今回『双天紅槍』の持ち主に選ばれたかもしれなかったんだぞ?」

美紅は俺の言葉に首を横に振った。

「私は槍の使い手ではありません。それに…。」

(あれだけ器用に槍みてぇな錫杖を扱ってた奴がよく言うよ・・・)と思いながら俺は耳を傾けた。

「兄さんに神官服は似合いませんし。」

と言ってくすくすと笑った。

「~~~~~ッ」

俺は言い返せない悔しさに言葉を詰まらせ、着慣れた学ランの襟を摘まんでパタパタと仰いでから話題を変えた。

「そいや、首謀者だった笹田って言う奴は何であんなことをしたんだろうな?
やっぱ誰かに命令されていたってことだよな…。」

それはずっと気になっていたことだった。
美紅もその話をしようと思っていたらしく、頷いてから続けた。

「彼にあの霊珠を授け、知恵を与えた人物がいることは確かでしょうね…。
彼自身に動機があったから、そこを付け込まれたのだと思いますが…。」

「動機?」

俺は美紅に尋ねた。
美紅は笹田の言葉を思い出しながら、真剣な面持ちで言葉をつむぐ。

「取り押さえられたときにあの人は奈緒美さんに謝っていました。
あの人は奈緒美さんにただ…笑って欲しかったかったんです。
双天紅槍を継承するために必死になっている奈緒美さんを側で見ていたあの人は辛かったのかもしれませんね。」

「双天紅槍に拘らないで楽になって欲しかった・・・ってことか?」

俺の言葉に美紅は頷いた。

「だって、意中の人が双天紅槍のために男の人を誑かしたりするのは見たくないじゃないですか。」

俺はギクッ!と反応してしまう。

「万が一継承式で奈緒美さんが双天紅槍の持ち主に選ばれていたとしても、きっと奈緒美さん自身、笹田さんが望むような意味での幸せにはなれなかったのではないでしょうか。
尚更あの人は双天紅槍に拘って生きていくと思いますから。
葉月さんなら、双天紅槍と上手くやっていけそうです。」

確かに…あの葉月なら、ライトな感じで神様とも友達になってしまいそうだと俺は思った。

「奈緒美さんは今は辛いと思います。
だけど、これから何かもっと純粋に前向きになれる新しい目標を見つけて楽しく生きていけたらいいですね。」

美紅の言葉に俺も同意だった。
ちょっと困ったことをしてくれた奈緒美だけど、やっぱり幸せになってもらいたいよな。

そんな会話をしていると、「おーい!」って叫びながら葉月がこちらに走ってきた。
手には風呂敷を下げていた。
後ろからは悟と氷牙が遅れてついてきた。

「お疲れ様だったね、あんた達。
もう帰るの?」

「はい。
私達も次の任務が控えていますので。」

「そうか…折角霧峰にも馴染んだところだったのに、寂しくなるね。」

美紅も名残惜しそうに頷いて、葉月と握手を交わした。

「私、頑張ってこの霧峰神社を守るよ。
そんで、もっともっといっぱい参拝客が来る様な大きな神社にしてみせる。」

葉月の熱い決意が篭った言葉に美紅は笑って答えた。

「えぇ。貴方達ならきっと楽しい神社になりますよ。」

「ありがと!
っと、そうだった…!」

葉月は何かを思い出し、手に持っていた風呂敷包みを差し出した。

「お弁当に稲荷寿司作ったんだ。帰り道にお腹が空いたら食べてよ。」

俺の脳裏にここへ来たときに食べさせられた黒くて苦い消し炭が過ぎる。

「……それってもしやあの消し炭……」

「あーっ!酷いな!今度は大丈夫だってば。」

俺の消し炭発言に葉月は抗議の声を上げた。
それから、ちょっと照れた様子で美紅を見て言った。

「…美紅が教えてくれたつくり方で、私なりに頑張ってみたんだよ。だからさ…」

美紅は微笑むと風呂敷を受け取った。

「…ありがとうございます。大切にいただきます。」

へへっと葉月が笑ったところに氷牙が割って入って箱を差し出した。

「デザートに霧峰名物のカキ氷も忘れるな!」

俺は氷牙から箱を受け取ると、中を空けて覗いてみた。
中にはシャキシャキのカキ氷、そしてイチゴとブルーハワイのシロップがかかっていた。

「スゲー、ホントにカキ氷が入ってら!
でも流石に溶けてしまいそうだな。」

氷牙は自分の胸を叩きながら自信たっぷりに続けた。

「心配ない。俺の氷は簡単に溶けはしない!
なんせ俺の冷気はすざましいからな!」

そんな氷牙の態度を見かねた葉月が暴露する。

「氷牙の見栄張り。
この箱に保冷の術がかけてあるってちゃんと言いなさいよ。」

「貴様!そんなかっこ悪いことをばらすな!」

氷牙と葉月がいつもの調子で冷気と炎のバトルを繰り広げ始めたのをヤレヤレと呆れ顔で見やりながら悟がこちらにやってきた。
そして、俺のことは視界に入っていないかのように平然とした態度で美紅の手を取った。

「美紅さん、また霧峰神社に遊びに来てください。
あなたならいつでも大歓迎ですよ。」

「え、えぇ…ありがとうございます。」

美紅はしっかりと取られた手にちょっと困ったように答えた。

「コラッ!人の妹に手を出すな!!」

俺はそういいながら手刀で二人の繋がれた手を断ち切った。

「あぁー、いたんですか馬鹿犬。」

嫌なものを視界に入れてしまったといわんばかりに露骨な表情をした猿だったが、俺に向かって手を差し出して無愛想に言った。

「貴方との決着は、まだついていませんでしたね。
…喧嘩ならいつでも受けてたちますよ。」

「…おう、その言葉忘れるなよ。」

俺はその手を握り返して笑った。

そして俺達の霧峰神社の仕事は無事終了した。
神主の爺ちゃんから約束の報酬を受け取った俺達は、神主の爺ちゃんと三獣人に見送られ家路に着いた。

霧峰神社から家に戻ってきて数日が経ったある日の朝。
俺達はすっかりいつもの生活に戻っていた。

「朝ですよ、いい加減起きてください。」
「ん・・・おはよ。」

美紅はいつものように起こしに来てくれるが、あれ以来布団は剥がさなくなった。
ちょっと残念なような複雑な気持ちだが、距離を置かれているという感じはしない。
もそもそと起き上がる俺に美紅はカーテンを開けながら不思議そうに訊いて来た。

「・・・最近えっちな本見かけなくなりましたね・・・ちゃんと見たら片付けているんですか?」

「あぁ、あれな、貸してくれた奴に返したんだよ。」

「あの本借り物だったんですか?」

「まぁな。
それに、俺はああいう本なんてなくても・・・」

俺は目の前の不思議そうな美紅の顔、そのあと美紅の小さいけど柔らかかった胸をチラッと見て、自分の手に神経を集中させあの感触を思い出していた。
あの感触と、お宝の写真があれば俺は・・・。

「・・・な、なんですか・・・変な兄さん・・・。」

「そ、そんなことねぇぞ・・・!さてと、今日の朝飯何だ?」

「半熟目玉焼きとお味噌汁ですよ。
兄さんが起きてこないからまたお味噌汁冷めちゃったじゃないですか。」

いつもと変わらない今日が始まっていく。
変わらない様に見えて少しずつ強くなっていく絆や想い。
いつからか兄の領域を飛び越えてしまった俺の想いが生む妄想は、こいつに対して悪いことをしていると思う。
だけど…俺がもっと強くなって、この首輪が取れるくらい一人前の男になったら、俺の気持ちを全部お前に打ち明けるから。
その時、お前が俺を拒絶するかもしれないっていう不安はやっぱりあるけど…。
でも…きっと大丈夫だ。
霧峰神社であった出来事は、そう思える強さを残してくれた。

 

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