霧峰神社の三獣人-12項- 継承式

継承式が行われる神殿の中は薄暗くて空気がひんやりとしていた。
所々にある小さな灯りを頼りに辺りを見渡せば、所々に札や榊等が飾られていた。
一番目立つ祭壇の奥には何重にも施された札に守られた『双天紅槍』の姿があった。
神宝と呼ばれるその槍には照明が控えめに照らされ、炎を象った刃先と炎の装飾が入った赤い柄がうっすらと浮かび上がっていた。
その槍はおそらく今は力を抑えた静かな状態だが、隼人の知っている神宝と同じくらい強大な霊力を奥に備えているのがわかった。

(さすがは神宝だな…
鬼門をずっと抑え続けているだけのことはあるな…。)

霧峰の結界は30年に一度更新されるらしい。
継承式は弱まった結界を更新する意味があり、これから巫女達が『双天紅槍』の神に結界の更新を知らせる舞を舞う。
神はその際に自分が宿る器を巫女より選ぶわけだが、その器の強さにより引き出される神の力、すなわち結界の強さは変わってくるのだ。
今の霧峰神社の結界の周りにはこの事件の首謀者により悪霊が蔓延り、結界が更新される時に生じる一瞬の隙を伺っている危機的な状況だ。
だけど俺達はその隙を埋めるためにここにいる。
極めて重大な任務だ。

だけど…。

俺は押し寄せるプレッシャーと心の中で戦いながら、他の巫女達と一緒に祭壇に登る美紅の姿を見る。
その様子は堂々としており、表情は力強く、それを見ているだけで大丈夫、何とかできるって思えた。
それにここには俺と美紅だけじゃない。
霧峰神社を慕い、守ってきた三獣人がいる。

やがて奏者が楽器を奏で始め、錫杖を持った巫女達が祭壇の上で舞を始めた。
その様子は大変美しく、先にいざこざがあった巨乳巫女の奈緒美も真剣に舞っていた。
中でも葉月の姿は生き生きとしておりとても目を引くものだった。
美紅は葉月を引き立てるように、でも確実に覚えたばかりの舞を舞っていた。
笹田の様子が気になったが、奴は俺達のいるところからはどこにいるのかわからない死角に隠れてしまっていた。
確かに祭壇の上からならば全体を見渡せる・・・しかし、普通なら難しい舞を舞いながら特定の人物に注意を払うことは不可能だ。
でも、ここは美紅に任せると決めたんだ。
ただ今は舞を舞う美紅を見失わないように目で追って合図を待つことに集中した。

舞の舞台が中間ほどにさし渡ったとき、巫女達の舞う祭壇の奥に祭られた『双天紅槍』の霊力が目覚めるように膨らんでいくのを感じた。
場の緊張感が増し、隣にいる氷牙と悟からも緊張が伝わってきた。

—シャラン シャラン—

舞が後半に差し掛かったとき、祭壇上の美紅と目が合った。
その目は笹田の動きに変化があったこと、そして俺が行動するべき時を告げていた。

俺は皆の意識がクライマックス真っ只中の舞に注がれている隙に、素早く亜空間を作り、疾風を取り出した。
俺の行動に勘付いた悟と氷牙もそれぞれの武器を亜空間から取り出し、すぐに戦えるように身構えた。
そして舞が終わった直後のことだった。

祭壇下に集まっていた継承式に参加した関係者の中から、何かが真上に伸びた。
それは、人の手だった。
その手には、黒く光る霊珠が握られていた。

俺はハッとして手に持った愛刀疾風を投げた。
間に合うか!?間に合えッ…!!

疾風がその手の主に当たって黒い霊珠は地面に落ちた。
黒い霊珠の持ち主であった笹田は青くなってガクガクと震えながらその場に膝をついて崩れ、すぐに周りの神官たちに取り押さえられた。

「笹田…!貴方一体何を…ッ」

奈緒美はショックを受けて手に持った錫杖を落としてよろめき、側にいた美紅がそれを支えた。

「お嬢様…ごめんなさい…ッ…僕は、僕は…ただ、貴方に…笑って欲しくて…」

笹田の嗚咽混じりの声が聞こえた。
笹田の手を離れた霊珠は、既に何らかの念を送られた後のようで、邪悪な霊気を撒き散らしながら転がって行った。
その霊気を感じた俺達は、この黒霊珠はあの恐ろしい怨霊たちをここに呼び寄せる装置だということに気がつく。

「ハッ!!」

氷牙が黒い霊珠に圧縮した冷気をぶつけて破壊した。
霊珠の破壊により霊気の放出は止まったが、既に呼び寄せられたと思われる大量の怨霊がこの場所に向かって迫り来るのを感じた。

「間に合わなかったか…!!」

俺は迫り来る怨霊の数を探った。

「やべぇ…100体はいやがる…!
とてもここにいる戦力では防ぎきれない…!チクショウ!!」

迫り来る大量の怨霊の霊力を感じながら、俺はどうすればいいのか必死に策をめぐらせた。

「僕に策があります…!」

悟の声が響いた。
俺達は皆悟を振り返った。
この状況で何が出来るというのか!?
気に入らない奴からの提案、だけどそんなことは今気にしている場合ではない。
この危機的状況が何とか出来るなら…!
俺は悟の策とやらに耳を傾けた。

「どんな策だ!?言ってくれッ…猿!!」

「ここには僕達霧峰の三獣人、そして美紅さんと隼人さん、あわせて5人の獣人がいます。
その5人の力をあわせて一時的に結界を貼るんです!
継承式の舞は無事に終わり、我等の神、双天様は既にお目覚めです!
あとは双天様が器になる巫女を選ぶまでの間、その結界を維持させればいいんです!」

「結界!?
だけどよ、俺結界の貼り方なんて知らねーし!」

「僕が指示します…!
貴方はただ僕の指示に従えばいい!」

「クッ…!!」

悟の言様が気に入らなくて俺は顔をしかめる。

「兄さん、喧嘩なら後で思い切りすればいいんですよ。」

美紅が側に来て、そういった。
そうだな、今俺に出来ることがあるならなんだってやってやろう…!
文句は後でいくらでも言ってやる。

「わかった、どうすればいいんだ!?」

悟はふっと笑うと続けた。

「等間隔を保って円陣を組んでください。
そして、5つの属性をぶつけて相殺します。
僕は雷!氷牙さんは冷気!姉さんは炎!」

「俺は風!」
「私は土ですね…!」

俺は悟の言うとおり、円陣を組み手のひらに霊力を集中させた。

「行きますよ!
持てる限りの霊力を放ってください!!
5属性相殺結界陣発動—!!!」

5つの術がぶつかり合い、白い光を放つ。
俺は持てる限りの風の力を放った。
そして…!! 光の中心から物凄いエネルギーが生まれ、結界を生成しながら広がっていった。
その結界は神殿をすっぽり包み、集まり来た怨霊が光の壁にぶつかっては消滅していく。

「凄い…これが獣人たちの力…。」

奈緒美が呟いた。

「頑張ってくれ、皆…!」

神主が祈りをささげる。

ここにいるみんなが俺達を見守っている…!
頑張らなければ・・・でも・・・放ち続けた霊力も、そろそろ限界を感じ始めていた。

(やべぇ、流石にもう持たねぇ・・・!神様、早くしてくれッ・・・!!)

俺が心の中でそう叫んだとき。

結界を貼るために俺の向かいで霊力を放っている葉月に、赤い炎のようなものが吸い込まれていくのが見えた。
その瞬間、俺達の張った結界の外にいた怨霊が一瞬にして消え去った。
『双天紅槍』を手にした葉月が赤い炎のオーラをまといながら、俺達5人が一時的に張った結界よりももっと大きくしっかりとした結界を生成していく様はとても幻想的で神々しかった。

 

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