霧峰神社の三獣人-11項- 大丈夫

いよいよ継承式当日となった。
継承式は霧峰神社の奥、霧の峰をしばらく登ったところに立ててある小さな神殿で行われる。
早朝の霧がかかった峰の道を、神崎兄妹をはじめ継承式に参加する面々が目的地である神殿を目指して登っていた。

隣を歩く美紅は清められた巫女装束をピシッと着こなし、いつもより増して凛としていた。
俺はそんな美紅の横顔に魅入ってしまい、ドキドキと胸が高鳴ってしまったがこの大事な日に不謹慎だと首を振って別の人物、昨夜話題に挙がった笹田優作のほうをチラッと見た。
奴はこちらの目線に気がつく余裕も無いほど…隼人から見ても明白な程にそわそわしていた。
その落ち着かない態度は、奴が遣えている巫女・奈緒美の大事な式を控えた緊張からきているのか、
何か後ろめたいことがある所為なのか傍目には区別がつき難かった。

ふと、俺の袖を誰かに引かれているのに気がついて俺は笹田を見るのをやめてそっちを振り返った。
そこには相変わらず凛と前を向いたままの美紅がいて、耳のいい俺にだけ聴こえる小声で言った。

(あまりじろじろ見ては駄目です。)
(で、でもさ…)

昨夜、会議であいつが怪しいから注意しろって話になったじゃねぇか、と俺は心の中で続けた。

(逆に相手に警戒されたらどうするんです。
兄さんはあまりそういったことに注意を払うには向かないといつも言っているでしょう。)
(確かにそうだが、じゃあどうやって注意すればいいんだよ?)
(私に任せてください。
異変があったら私が合図を送るので、兄さんはそれまで普通にしていてください。)

(普通にしてろって言われても、そんなんでいいのかよ。
美紅は覚えてばかりの舞を舞わなくてはなんねぇのに、そんな余裕…)

俺は不安げに美紅を見た。

(大丈夫です。
兄さんは…ただ、私だけを見ていてください…。)

美紅は真剣な目で俺を見つめてそう言った。

俺は美紅の眼差しに吸い込まれそうになりながら、あぁ、この目をする美紅を俺はよく知っているって思った。
昔からこういうときの美紅は”大丈夫”っていう確証を持っているんだ。
そして信じて欲しいんだ、俺に。

俺は(…了解)と頷いた。

美紅は嬉しそうに少し顔を綻ばせた。
瞬間、我に返ったようにして目をそらしてから早口で言った。

(さっきの台詞は変な意味じゃ…!
任務の上での、その…見ていてくださいってことですよ…!)

美紅の弁解のような台詞をきいて、さっきの言葉が持つ別の意味に気がついた俺はちょっと照れくさくなって(わ、わかってるって…)って言ったあと言葉が足りない気がして付け足した。

(とにかく…頑張れ。)

美紅は少し目を丸く見開いてから前を向いたままこくっと黙って頷いた。
その横顔は俺から見ても明白なくらい赤く染まっていた。

これって脈ありなんじゃ…とか思った俺だが、目の前の道が開けて継承式が行われるらしい神殿が見えてきたので我に返った。
その神殿の奥から感じるものすごい霊圧。
神殿の奥に、幾重にも札結界が貼られた”鬼門”と呼ばれる岩の巣窟が見えていた。

俺は”鬼門”と呼ばれるこの場所を他にも見たことがある。
俺の故郷の風谷村にもこの”鬼門”があった。

鬼門はこの世とあの世を繋ぐ門。
この門の向こうは妖怪や幽霊、鬼達の住む冥界と呼ばれる場所に繋がっている。
現世にこの世ざるものが零れださないように、強力な神宝の霊力で門を封印してあるのだ。
この霧峰の鬼門を封じている神宝が”神槍『双天紅槍』”。
俺の故郷の神宝は奪われ鬼門は開いてしまったが、この霧峰の『双天紅槍』が悪しき者の手に渡れば今以上の妖怪などがこの世に蔓延り、人はどんどん滅びに向かってしまうことは間違いない。
この任務の重要性に俺は改めて緊張を覚えた。
俺の身が硬くなる。
…思い出したくない情景、人物、後悔などが一気にあふれ出してきて、それらに飲まれそうになって思わず歩みが止まる。

そんなとき、手のひらから伝わるぬくもりに俺は引き戻される。
顔を上げたら俺の手を握り、引く美紅がいた。

「ッ…美紅…俺…」

俺は今にも泣き出しそうな、声にならない声で美紅の名前を呼んだ。

「行きましょう。
きっとうまくいきます。
大丈夫です。」

その目は大丈夫って俺を力づけてくれるあの目だった。
その目の力強さと手のひらのぬくもりのお陰で溢れそうな涙は引っ込み、俺の心はここに引き戻された。
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「…あぁ、行こう。」

過去の嫌な思い出も後悔もすべて、こいつと一緒なら乗り越えていける。
今は目の前の危険な種を取り除くことだけを考えよう。
未来はここにあるのだから。

 

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