霧峰神社の三獣人-10項- 作戦会議

昨夜俺は美紅の胸の感触がいつまでも手に残っていて、余計な事を考えすぎて眠れなかった。
俺の隣の美紅は、舞の練習でぐったり疲れて熟睡していたみたいだった。
俺は襲い来る眠気を必死に払いのけるように頭を左右に振ると、青黒いクマを浮かべた顔をあげた。
そこは境内前。
美紅の舞を見るために霧峰神社にいるものが皆集合していた。
おっぱい事件の後、やる気がみなぎった美紅は、本来の記憶力の良さと運動神経の良さを余すところ無く発揮し、昨日の夕方の段階では葉月に合格点を貰う見事な舞を見せてくれた。
なので美紅なら大丈夫だと確信を持っていたが、頑張っている妹の舞をちゃんと見ておきたかった。

巫女装束を身にまとった美紅は、広場の中央に舞で使う錫杖を手にして立っていた。
ふと、こっちをちらっと見た(様な気がした)後、軽く深呼吸をした美紅は緩やかに舞い始めた。

—シャラン シャラン—

錫杖の音と清らかなその姿は、まるでその場の空気を新しく作り変えてしまいそうなほど美しかった。
俺だけじゃなくその場にいたすべての者がその舞に魅入っていたはずだ。
美紅が継承式に参加する事に異議を唱えた奈緒美も、その完璧な舞に言葉を失い複雑な表情で見つめていた。

「約束、覚えてますよね?」

舞が終わり、美紅は軽く息を整えた後奈緒美に言った。
奈緒美は悔しそうに顔を歪めたが、それでも暫くの沈黙の後、頭を下げた。

「葉月…それに美紅、あんたにも、酷いことを言ったわ。
ごめんなさい。」

葉月はキョトンとした表情で奈緒美を見て

「何だ、そんなこと…すっかり忘れてた。」

とあっけらかんと言った。

「わ、忘れてたってあんたね、折角この私が頭を下げてるのに・・・!
これだからあんたたち獣人・・・っ・・・。」

奈緒美は言いかけてやめた。

「・・・とにかく、美紅、アンタとの約束守ったわよ!
文句無いでしょう!?」

奈緒美は取り繕うように強い口調で美紅に言った。

「えぇ。」

美紅は頷いた。

「これで私が継承式に参加することに異論のある人はいないと思います。」

その場に集まった一同を見渡し、異議を唱えるものがいないことを確認した美紅は続けた。

「後は明日双天紅槍を授かるに相応しい巫女を神様がお決めになるだけですね。
明日はよろしくお願いします。」

美紅はそういって一同に頭を下げた。
俺はそんな美紅を見ていて、やっぱりすげぇと誇らしい気持ちになった。
継承式の為の飾りつけ等準備を終えた一同は明日のために早めに解散となった。

夜、俺達は神主に呼ばれ、奥の部屋を訪れた。
そこには明日の作戦会議の為に、神主、そして三獣人が待っていた。

「まずは美紅さん、今朝は見事な舞を見せていただきました。」

神主がにこやかに美紅に言った。

「わしもまさか奈緒美があのようなことを言い出すとは予測もしてなかったのでの。
美紅さんには難儀な思いをさせてしまった。」

美紅はいつもと変わらず淡々と答えた。

「いえ、良い経験をさせていただきました。」

「謙虚な物言いをなさる。
さ、まずは、座ってお茶でも飲んでくだされ。
話はゆっくりいたしましょうぞ。」

神主が手を差し出すと、悟が手早くお茶を入れて煎餅と一緒に出した。

「明日に備え良く眠れるよう、番茶にしておきました。
お茶菓子もこんなものしか用意できませんでしたけど、よければどうぞ。」
いけ好かない猿が入れたお茶というのは気に入らなかったが、少し小腹の空いていた俺は遠慮なく頂こうと煎餅に手を伸ばした。
すぐさまパシッ!と小さく叩かれ横を見ると、美紅が小声で「お行儀が悪いですよ…!」と言った。
それを聞いた葉月が最初に笑い、それにつられて皆も笑い、俺の行儀の悪さが功を奏したのか緊張でどことなく重かった部屋の空気は和やかになった。

「いよいよ明日じゃな。」

神主はそのまま続けた。

「…霧峰の結界を怨霊の力で弱らせ双天紅槍を狙う者がこの神社内に潜んでおると話したが、残念ながらいまだそのものが誰かわからん。
かといって明日の継承式でそやつが動き出してから手を打つのでは遅いじゃろうな。」

「…そうですね。
術でその者を妨害するにしろ武力で相手を押さえるにしても、やはり多少は時間がかかってしまいます。
事前に犯人の目測だけでも立てておくべきかと思います。」

悟が言った。

「そうじゃの・・・。
人を疑うのは心苦しいが、最悪の事態を避けるためにはやむ終えんじゃろう…。」

神主は髭をゆっくり撫でながら悟の意見に賛同した。

「誰が怪しいと思う?」

葉月が皆を見渡しながら聞いた。
隼人はその言葉を聞いて、真っ先に奈緒美の姿を思い浮かべた。

「ハイ!」

俺は勢い良く挙手した。

「はい、兄のほう、言ってみなさいよ。」

葉月がアテにはしてないけどね、ってぼやきながら言った。

「俺はさ、あの巨乳巫女…奈緒美が怪しいと思うんだけど…。」

俺の言葉をきいた一同は「そうか!」とか「なるほど!」という俺が期待した反応を裏切って真顔のままだった。

「え、あれ…?」

俺は拍子抜けしてみんなをきょろきょろ見ると、美紅がふぅと溜息をついた。

「あんな事がありましたからね。
疑いたくなる気持ちはわかりますけど、あの人は多分違いますよ。」

「え?なんでそう思う?」

疑問符いっぱいの俺は美紅に答えを求めた。

「あの人の言動はインパクトはありますが、そういった企みから現れた言動では無いと兄さんが身を持って証明してくれましたからね。」

美紅の言葉に賛同するように悟が続けた。

「流石は美紅さん。
彼女は獣人を好きではない。
それにライバルである美紅さんを蹴落としたかったから貴方を利用した、それだけです。
まさか本気で彼女を首謀者と思っていたなんて、これだから犬は・・・。」

「猿、てめぇっ・・・!!」
「兄さん、およしなさい。」

悟の馬鹿にした発言に俺はムッとしてその胸倉に掴みかかろうと立ち上がりかけたが、美紅に制されてぐっと堪えた。

「なんだ。あのエロ女は犯人ではなかったのか。」

氷牙がそう真顔で告げたあと、「ここにも馬鹿がいたわね…。」と小さく葉月が呟いた。

「何!貴様今なんと!」
「なによ、本当のことでしょ!この氷狐。」
「およしなさい、ここを冷気と炎で滅茶苦茶にするつもりですか。」

三獣人がいつもの感じで怒鳴りあってる最中、神主が俺達にそっと言葉をつむいだ。

「奈緒美の件では本当に嫌な思いをさせてしまったのぅ・・・。
奈緒美は代々霧峰の神の元で仕えてきた大神官の血を引く家系の娘での。
つい我侭な態度にも目をつぶってしまっておったわしにも責任がある。
じゃが、性根の曲がった娘では無いのじゃよ。
あやつが獣人を嫌っておるのは小さい頃に不幸な事件があったからだと思う。
わしからはこれ以上話すわけにはゆかぬが・・・どうか、許してやってくださらんかのぅ。」

「うん・・・別に誤解も解けたし俺はもういいや。
気にしてねぇよ。」

俺は心からの気持ちでそう答えた。
それに隣の美紅が頷いた。

「そうですね。
約束どおり謝ってくれましたしね。」

神主は柔らかい表情で俺達を見て「ありがとう・・・」と言った。
その言葉で俺は優しい暖かい気持ちになった。
隣の美紅もきっとそうだ。

「だが、エロ巫女が犯人で無いというなら誰が犯人だというのだ!」

氷牙のその一言で俺達は本題に引き戻された。

「・・・そうですね。
美紅さん、あなたはどう思いますか? 貴方の意見が聞いてみたい。」

猿が数々の女心を弄んだに違いない美少年スマイルを美紅に向けてそう尋ねた。

(この猿!俺の美紅に笑いかけたりしやがって!きにいらねぇ~~~!)
と俺が心で叫んでいることも知らず、美紅はきょとんとした顔で言った。

「私ですか?」

「えぇ。
貴方はとても頭の良い人だ。
僕は貴方の勘を信じてみたい。」

猿はそっと美紅の手を取り、キラキラと光りだしそうなスマイルで見つめた。
俺は黙っておれなくて手刀で繋がれた二人の手を断ち切った!

「人の妹にさわんな!!」

猿は俺にだけ表向きは穏やかに、でも内側に黒いものをいっぱい秘めた微笑を俺に向けて言った。

「貴方だって奈緒美さんに満更ではなかったのでは?」
「なんだと!」

俺達のやり取りを見て美紅は呆れたように溜息をついた。

「もう奈緒美さんの話はよしましょう。
私の勘で良いのならお話しますけど。」

その言葉で俺達は我に返った。

「お願いします、美紅さん。」

悟の言葉に頷いた美紅は言葉をつむいだ。

「奈緒美さんは首謀者ではないと思いますが、継承式の為に集まった中でどの人よりも目を引く人です。
ですから、私が仮に企てをするなら・・・それを利用しない手は無いと思うのです。」

「つまり・・・どういうことだ?」

俺は美紅の言おうとしている事の意味が図れずに尋ねた。

「首謀者は奈緒美さんの一番近くにいるのではないかってことです。
あくまで推測に過ぎないのですが、あのお付きの地味な人とか。」

「・・・・・・!」

俺だけではない、一同は美紅の言葉に驚き、静まり返った。
悟だけが満足そうに頷いていた。

「やはり美紅さんならそう答えられると思いましたよ。」

俺はその人物を必死に思い出そうと努めた。
しかし記憶を頑張ってたどっても、そういやそんな奴いたっけなってくらいで、そいつがどんな特徴のある奴だったかちっとも思い出せずにいた。
暫くの沈黙の後、氷牙が言った。

「—そんな奴いたか?」

「あんた、やっぱり馬鹿ねぇ。いたじゃない、ほら…あの…うん?誰だっけ?」

「貴様こそ記憶に無いのではないか!」

「違うわよ、顔はわかってんだけど名前が思い出せないだけよ!
じいちゃん、なんていったっけ?あの人。」

葉月が必死に思い出そうとしているのか眉間に皺を寄せて神主のほうを見た。

「笹田優作(ささだ ゆうさく)じゃな。
奈緒美の実家の方で奉公しておる青年ときいておるが・・・。」

「お爺様、僕も美紅さんの推測と同じです。
あの者が一番動きやすい立場にあります。」

「ふむ、そうか・・・。」

神主はゆっくり頷いた。

「ですがその・・・笹田さんという人が黒幕かどうかはわかりませんね。
誰かにここに送りこまれてやっているだけかもしれません。」

美紅が加えてそう述べた。

「そうですね。
前に一度なんでもないことで話しかけてみたことがありますが、僕と目を絶対にあわせようとしませんでした。
それは彼の性格上の行動か、あるいは後ろ暗いものからきているものかは判りませんが・・・
警戒する価値はあると思いますよ。」

悟の意見に納得したように神主は頷くと告げた。

「わかった。
では明日の継承式・・・笹田優作から目を離さぬようにすることとしよう。
しかし相手に警戒されぬように慎重に行動するのじゃ。
皆、頼んだぞ。」

一同は大きく頷いた。

 

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