霧峰神社の三獣人-9項- 反応

明日までに継承式の舞を覚えなくてはいけなくなった美紅は、神社の境内前の広場で葉月に手本を見せてもらうことになった。
奈緒美が覚えるのに二週間かかったというその舞を隼人と美紅の前で堂々と舞う葉月は、普段から想像も出来ない厳かな雰囲気を帯びて、隼人も美紅も時間が止まったかのようにその皇かな舞に見入ってしまった。

「どう?継承式の舞はこんな感じだけど。」

葉月が軽く息を弾ませて、美紅に尋ねた。

「そうですね…。
何種類かの舞のパターンが複雑に組み合わされていて、簡単には覚えれそうも無いですね。」

さすがの美紅も少々自信なさ気に眉をしかめた。

「まぁ、そうだねぇ。
でも基本パターンさえ身につければ後は歌を覚えるのと一緒だよ。」

葉月なりに美紅を励ますつもりだったのか、”たいしたことはない”という感じであっけらかんと言った。
それでもまだ眉をしかめたままの美紅を見て、葉月は遠くからこちらの様子を観察している奈緒美を見ると軽く顎を振った。

「負けないって宣言したんだから、勝たなくっちゃ。
獣人女の意地、あいつに見せてやろうじゃないの。」

「えぇ、勿論です。」

美紅はちらっと奈緒美の存在を横目で確認したのち、いつもの美紅らしく”負けたくない!”という強い意志を持った表情に変わった。

「もう一度最初からお願いします。」

「わかった。」

再び舞う葉月とそれを真剣に見ている美紅。
その美紅を隣で見ている隼人には不安は無かった。

(美紅はすげぇ頭がいいしきっと大丈夫だ。
それに、もし失敗したって、けんか吹っかけてきたあの派手な巫女にも責任はあるし、依頼主のじいちゃん・・・あの神主も俺たちを責める様なことはないだろう。)

(それよりなんでこいつこんなにムキになってんだろ。
確かにあの姉ちゃん感じ悪いし、俺達獣人を馬鹿にするようなこと言ってたし、俺も気分悪かったけどな)

隼人がそんなことを思って奈緒美をチラッと見ると視線がぶつかった。
きょとんとした隼人に向かって、奈緒美は微笑むと近くに来るように手招きした。

(何だ?)

奈緒美へ対する反応に困ったが、無視するわけにもいかず隣の美紅を見た。
美紅は葉月の舞にじっと見入っていてこのことには気づいていない。
もう一度奈緒美を見ると”お願い”って言わんばかりにまだしつこく手招いていた。

(さっきのこと謝りてぇのかな…
そんなふうには見えねぇけど・・・
とりあえず話を聞いておいた方がよさそうだな・・・)

隼人は美紅の様子が気がかりだったが、しぶしぶそこを離れて奈緒美の方へ歩いていった。

「何か用か?」

隼人は相手に声が届く距離まで来るとそう声をかけた。
奈緒美は、すかさず隼人の手を掴み、境内の裏の人気の無い場所へ連れ込んだ。

「う、うわっ・・・!
こんなところまで引きずり込んで、一体何なんだ?」

奈緒美は警戒を露に不機嫌に抗議の声をあげた隼人に向かって何か含んだ笑みを投げかけると耳元で囁く様に言った。

「ねぇ、貴方さっき私の身体、見てたでしょ。」

「へぁ!?」

突然何を言いだすのかと、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう隼人。
驚き戸惑って奈緒美から距離をとるが、すぐにその腕は絡みついてきた。

「ちょ、何すんだあんた!?」

「…触ってもいいのよ。」

そう言って今度は誘うように隼人の腕に豊満な胸を押し付けてきた。

「はぁ!?」

尚も驚く隼人に女は熱っぽい眼差しを向ける。

「あなたこ~んな耳と尻尾がついてるけど・・・。」

そういって隼人の耳にちょこんと触れてくる。

「でもいいわ。
貴方可愛いから、好きなところ触っていいのよ…?
たとえば、こことか。」

奈緒美は隼人の手を取ると、そっと自分の胸元へ導いた。

「わっ!!
何なんだよあんた!?」

強引に運ばれた手の先から、信じられないくらい柔らかな感触がいやおうにも押し付けられる。

「ふふ…素直におなりなさい・・・
もっと触りたいでしょ?」

隼人はぐるぐるいろんな思考がぐちゃぐちゃになった頭で考えた。

(触りたい?嬉しい?そうなのか?俺。
普通に考えたらおいしいシチュエーションなのになんでだろう。
従いたくない・・・なんか・・・嫌だ・・・!)

(でも・・・)

隼人は更に考えた。

(もしかして、こいつが例の悪霊を呼び寄せているのかもしれねぇよな?
少し、様子を見たほうがいいかな・・・
どうすればいいんだ、どうすれば・・・)

そうこう隼人が考えている間に、奈緒美は隼人の下肢に手を伸ばすと弄った。

「うわっ・・・!?どこ触ってんだよ!!ヤメロ!このスケベ!!」

隼人は即座に奈緒美を振り払った。

(美紅以外のヤツにこんな・・・!)

まるで自分の不可侵領域によく判らないヤツが無断で踏み入ってきたようで屈辱的だった。
隼人の頭にカッと血が上っていく。

「・・・ちょっと、私の身体に触れておきながら無反応・・・!?生意気ね。
ケダモノならケダモノらしくすぐに盛っちゃえばいいのよ。
あの猫だってケダモノの癖に馬鹿みたい。」

隼人は奈緒美のその台詞にブチ切れた。

「お前!
その俺らを見下した態度いい加減にしろよ!」

隼人は自分の下肢を弄っていたその腕を掴むとそこにあった壁に押さえつけて睨み付けた。
その瞬間、奈緒美はくすっと笑うと開いている手で自分の胸元を肌蹴させていきなり叫んだ!

「キャーーー!
ケダモノッ!ヤメテーーー!!!」

その声は霧峰神社全域に響き渡るほど大きく、少し離れた境内前で舞の練習をしていた葉月、そして美紅にももちろん届いてしまった。

何事かと近くにいた美紅が駆けつけたときには、あられもない姿で涙ぐみ、あっけに取られた隼人に組み敷かれている奈緒美の姿があった。

「…兄さん・・・!
な、なんですか、この状況は…。」

美紅は血の気が引いた真っ青な顔でそう呟いた。

「い、いや、これは・・・!
その・・・誤解だっ!!
俺は何もして・・・」

慌てて弁解を始めた隼人の言葉を遮る様に奈緒美が泣きながら言った。

「ヒック、ヒック・・・
あんたのお兄さんが私をここに呼びつけて、突然乱暴しようとしたのよ!!」

「ち、違う・・・!違うんだ・・・美紅っ・・・!!
こ、これはその・・・」

美紅は嘘泣きを続ける奈緒美と真っ青になって口をぱくぱくさせている隼人を見比べて少し考えた後、奈緒美の衣を直して言った。

「・・・兄さんは馬鹿ですけど、女性にそのような暴行を働く人では無いです。
貴方の気のせいではないですか?」

「気のせいなんかじゃないわーーー!
デリケートな乙女の純情を貴方のお兄さんに汚されて…私、私…!」

泣きじゃくる奈緒美の肩をポンポンと叩くと、美紅は言った。

「私は兄と話がしたいです。
貴方は御付の方の所にでも行ってください。」

「ちょっと、今あなたのお兄さんがしたことをみんなに話しちゃってもいいの?
貴方しだいではこの事を神主さんに言わないでいてあげてもいいわ!」

「いいえ、何方にでも好きに話してください。」

奈緒美はその言葉が予想外だったのか、目を見開いて美紅を見た。

「ば、馬鹿じゃないの!
全部話しちゃうわよ!
そしたらあんた達、継承式どころかすぐにこの神社追い出されて、元の神社に戻ったって神官職を続けられるかどうかだって判らなくなるわよ!」

「別に構いません。
すべての判断は、こちらの神主さんに委ねます。」

美紅はそういうと、騒ぎに駆けつけてきた奈緒美の付き人を呼んだ。
そして奈緒美は付き人の青年に連れられ、そこに残された隼人と美紅は二人きりになった。

「美紅・・・俺、違うんだ…!
俺、別にあの女にそんなことしようとしたわけじゃないんだ・・・!
し、信じてくれ・・・!!!」

美紅は大きなため息をついてから言った。

「・・・ヤレヤレ、あんなおっぱい星人に騙されて、情けないですね。」

「騙されたってお前、俺のこと、信じてくれんのか・・・?」

隼人は涙ぐみながら美紅を見た。

「当たり前です。
兄さんとどれだけ付き合ってきたと思っているんですか。」

「み、美紅っ…!」

隼人は美紅を抱きしめたい気持ちを懸命に堪え、持て余した両手が空をかいた。

「・・・でもまぁ・・・兄さん大きなおっぱいの女の人に目が無いですからね・・・
場合によっては本当にそういう事態になってたかもしれませんけど」

「えっ!
ありえねぇ!
だって俺、あいつの乳触ったけど別に・・・」

「え?」

美紅は隼人の言葉にびくっと反応した。

「さ、触ったんですか・・・お、おっぱいを・・・?」

「いや、強引に触らされたっつーか・・・手をこう引っ張っていかれてさ。」

美紅はホッとしたように息をついた。

「……それで?」

「それでって……そ、その先はちょっと・・・パス・・・。」

隼人はその続きを美紅に言うのを躊躇し、赤くなると困ったように目線を泳がせ頬を掻いた。

(・・・・・・勃たなかった・・・・・・。
でも朝のあれの話と違ってこれは生理現象じゃねーし・・・こいつに言うのは恥ずかしい・・・。
そもそもシモネタとかこいつにはNGだしな・・・。)

しかし、言わなかったことで美紅に違う誤解を与えてしまったようだった。

「兄さん、まさか本当に本気でその気になって・・・?
信じてたのに。
何か隠さなくてはいけないような後ろめたいことがあるんですか・・・!」

美紅が怒りに震えながら搾り出すように言った。
それを見て隼人は焦った。

「ち、違う、だからそれは・・・!!」

「何が違うんですか…!
そういうことはちゃんと言って欲しいです。」

「だ、だから・・・。」

観念したように隼人が身を小さくして言った。

「・・・反応しなかったんだよ・・・。」

「反応?」

美紅が小首をかしげる。

「だから・・・」

その先は、美紅の耳元で今にもゲンコツが飛んでこないかとビクビクしつつ、なんとか言い終えることができた。

その言葉を聞き終えた美紅の顔は予想通り瞬時に耳まで真っ赤に染まって、恥ずかしさからもの凄い勢いで後ろを向こうとした。
そのとき!

いつも冷静で軽やかな動きの美紅から想像も出来ないことだったが、激しく動揺していた美紅は足元の小さな小石に足を取られ、隼人から背を向けたまま躓いてこけそうになった!

「あ!危ない・・・!」

隼人はとっさに美紅を助けようと両手を伸ばしたが、その手が支えたのは美紅の小さなやわらかいふくらみ二つだった。

『……あっ……!』

二人が同時に同じ声を漏らした。

美紅は兄の手が不意に自分の小さな膨らみに触れた事に対する驚きの反応、隼人は不意に妹の胸に触れてしまったことで自分の手のひらに伝わる小さな柔らかさに対する感嘆の声だった。

(小さいけどやわらけぇ・・・もしかしなくてもこれは美紅の・・・!)

兄の両手に支えられたことで美紅はこけずに済んだが、兄の手は尚もまだそこにあった。

(…も、もうちょっとだけ・・・触りたい………!)

隼人は更に美紅の胸の感触を確かめるように手を動かすと、直ぐに美紅のゲンコツが降ってきた。

「やっ!ちょ、ちょっと…!何触ってるんですか・・・!!」

その表情は、頬を赤く染めて瞳は困惑の余りうるみ眉を潜め、隼人にとってなんとも刺激的で欲情を誘うものだった。

「悪りぃ・・・ッ…その・・・」

「信じられない・・・!エロ兄…」

軽蔑の眼差しを向ける妹に弁解しようとするも、ろくな言葉が出てこない。

「だって、なんか柔らかくて気持ち良……イテッ!」

再び妹のゲンコツが降って来た。

「変なことを変な状況で口走らないでください・・・!」

妹は吐き捨てるように言うと、まだ自分の身体を支えてくれたままの兄との接着面から感じる奇妙な違和感に身を震わせた。

「な、何か・・・硬いものが足にあ、当たって…」

「えっ!?…あー・・・やべぇ……!」

隼人はもじもじと身を捩じらせた。
その動きから美紅はなんとなく、先程の硬いものが何であったか確信を得て、更に顔に熱を持たずにおれなかった。

「やっ、ちょっと、もうっ、いい加減離れてくださいっ…!!」

美紅は力が抜けてしまった腕で懸命に兄の身体を引き剥がそうともがく。
隼人ははっとして、ようやく美紅から身体を離すと、両手でもじもじと下肢を隠しながら小さく言った。

「ご・・・ごめん、美紅、反応しちまった・・・・・・。」

「…皆まで言わなくていいです…!恥ずかしい・・・!」

「だってお前、さっきは言えって言ったから・・・」

「ケースバイケースです!!」

羞恥に耐え切れずに少しきつく兄に言い放ってしまった後、隼人は心から申し訳無さそうに「わりぃ」って言って力なく項垂れてしまった。
しばしの沈黙の後、美紅がポツリと、隼人が思いもしなかったことを呟いた。

「べ・・・別に・・・反応・・・して・・・しまったものは仕方が無いですから…。」

「え?」

思わず隼人は顔をあげた。

「だから・・・そのことは、もういいです・・・!」

美紅はそういって、後ろを向いてしまった。
何がもういいのかよくわからないが、なんとなくワケをそれ以上訊けなくて隼人は相槌をうった。

「え?あ?う、うん・・・。」

隼人は気まずくて、頭をぽりぽりっと軽くかいた。

(とりあえず・・・どうすればいいんだ?
誤解は解けたみてぇだけど、別の意味で気まずいなぁ・・・。
怒ってる感じじゃないけど・・・やっぱ引かれた?
いや、もしかしたら美紅も、俺と同じ気持ちでいてくれてるかも・・・。
そしたらあわよくば美紅とあんなこととか、図々しい期待をかけてしまう俺がいる・・・
駄目だ駄目だ、そんなこと・・・!
ああ~、まださっきの美紅の胸の感触が手に・・・
やべぇ、思い出したら更に・・・)

隼人が一人理性と欲望の狭間で格闘していると、美紅が小さく呟いた。

「ちゃんと反応するんだ・・・私の胸でも・・・。」

自分の思考に集中していて、よく聞こえなかった隼人が問い返す。

「…んあ?今何か言ったか?」

「い、いえ、なんでも・・・。」

美紅は耳まで赤く染めて首を左右に振ると、言った。

「私…今なら何でも出来る気がします!」

「えっ!」

隼人は一瞬”何でも出来る=えっちなこと”を想像してしまうが、美紅の背中が違うことを物語っていることにすぐに気がつき、息を呑んだ。

「私、負けません。
舞を完璧に覚えて、この任務を必ず成功させて見せます!」

美紅が振り向いて強い意志を秘めた瞳で言った。

「だから、見ていてください。兄さん。」

「・・・あぁ・・・。お前なら大丈夫だぜ!」

隼人は曇りひとつ無い青空のような笑顔でそう答えて、親指を突き立てた。

 

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