翌朝、霧峰神社のお堂前。
巫女装束をかっちり着こなした美紅と、全然似合っていない神官服に着られた隼人が揃って皆に紹介されていた。
「…というわけじゃ。
こちらの神崎美紅も双天紅槍継承候補として明後日の継承式まで滞在することになった。皆、よろしく頼みますぞ。」
神主がニコニコと打ち合わせどおりに美紅を巫女として紹介した。
「皆さんどうぞよろしくお願いします。」
美紅はそう言って頭を下げた。
美紅は初めて巫女装束を着たとは思えないくらいよく似合っていた。
いつも側にいて見慣れている美紅の容姿だが、こうして改めて見ると、見た目の派手さこそは無いが、その容姿はやはり整っているなぁと隼人は思った。
昨夜紹介された神主をはじめ三獣人を除く初対面の人間達は、皆それぞれ複雑そうな顔をしてこちらを見ていた。
(この中にあの怨霊を呼び出している奴がいるってわけだな。)
隼人はそこにいる者達を見た。
美紅や葉月と同じ神槍継承候補者らしき巫女が他に5名ほど…。
後は付き添いの若い男が同じ数だけいたが、みんなどちらかというと美紅を歓迎していない…というかメンチを切っている巫女までいた。
そのメンチを切っている巫女は、隼人の視線に気がつくとこっちを見てくすっと笑った。
巫女にしては派手な雰囲気を持った20歳くらいの女で、豊かすぎる胸元を見せ付けるかのように襟元をだらしなくはだけさせていた。
(うわ、なんだあの乳!…でけぇ!デカパイパラダイスに出てきそう…)
思わず胸に目がいってしまった隼人だったが、すぐさま足に痛みが走って我に帰る。
(な、なんだ!?)
痛みの源である足元を反射的に見てしまう。
すると美紅が隼人の足を思い切り踏みつけていた。
「み、美紅、足、足踏んでるって!いてて…!」
対面上、小声で懸命に美紅に痛みを訴える隼人。
「…このおっぱい星人……」
美紅は隼人をじとーっと横目で睨みつけながらそう小声で呟いた。
「…べ、別にそういう意味で見てたんじゃねぇって…!
昨日の朝のことまだ引きずってんのか?もう勘弁してくれよぉ…」
美紅は不承不承ながらひとまず足を踏むのをやめてくれた。
その様子を見ていた巨乳巫女が再びクスッと笑った。
隼人は相手の意図を測りかねて難しい顔をした。
(…よくわかんない女だな。
何が面白いんだ?
それに…全然巫女らしくねぇ奴だな。…化粧派手だし茶髪だし。
巫女の標準って言うと…)
隼人は今は神主の後ろに控えている葉月を見た。
スレンダー体系でなかなかの美人なのに、その言動がワイルドすぎてあまりそういう意識が働きにくいタイプだなぁと思うが、こうして黙って立っていればごく普通の巫女さんだ。
(やっぱこんな感じだよな。)
隼人は一人納得してうん、と頷いた。
やがて、隼人的に違和感ばりばりの巨乳巫女が不満そうに口を開いた。
「神主様、この娘ケダモノではないですか!
神聖な継承式にケダモノなんか参加させるおつもりですか?」
その悪意を感じる言葉を聞いた美紅と葉月の二人の獣人巫女がピクッと反応した。
「奈緒美、何をいっておる。
獣人も人も神のもとにおいては平等、これが我ら霧峰の神の教えであろう。」
奈緒美と呼ばれた巨乳巫女はまだ言い足りないのか続けた。
「葉月みたいなケダモノが一匹巫女にいるだけでも霧峰の伝統を崩しているというのに、もう一匹ケダモノが増えるなんていくら神様が平等を説いておられても納得いきませんわ!」
よくある獣人差別的な考えをこうも堂々と悪意を込めて発言する奈緒美に隼人は腹が立ったが、隼人が何か言う前に葉月が行動に出ていた。
メラメラと炎を散らしながら瞬時に奈緒美の目の前まで来た葉月はその襟元をぐっと掴んで睨みつけた。
「こら、葉月、よしなさい!!」
「でも!じいちゃん!!」
「…お前の言いたいことは判るがここは神の御前なのだぞ。」
葉月はしぶしぶその手を離して炎を鎮めたが、怒りが静まりきらないのかまだばちばち体から火花が飛んでいた。
悟に強引に神主の後ろまで下がらされた葉月は、ずっと奈緒美を睨んでいたが、その火花が隣にいた氷牙に散って、「熱いぞ!貴様いい加減にしろ!!」と怒鳴 られて氷の弾丸を飛ばされ、それにぶち切れした葉月が火柱を立て、神主の後ろで炎と氷の対決が繰り広げられていたが、悟が二人の頭をごついてどこかへ引っ 張って行ってようやく神主の背後は静かになった。
「まったく、野蛮ね。これだからケダモノは。」
三獣人が消えた後に奈緒美がそう言って本当に汚らわしいものでも払うかのように葉月の掴んだところを払った。
御付きのものらしい大人しそうな青年が奈緒美に命令されておどおどしながらその手を布巾で拭いていた。
「奈緒美よ、葉月も美紅も、お前さんと同じく継承式に参加する資格があるのだぞ。
それをお主が不満に思ってもわしはそれを変えるつもりは無い。」
「…で、ですが神主様、継承式のときに神の御前で舞を披露するのでしょう?
ケダモノなんかに難しい舞を舞ったりできるかしら?」
「葉月はあんながさつな性格じゃが、継承式で舞う舞は全て覚えておるぞ。」
「…う、嘘でしょう…!」
一同がどよめく。
その舞というのはそれほど難しいものらしく、それを獣人である葉月が舞えることが意外だったのだろう。
「嘘ではない。
それほど信じられぬのなら実際に継承式のときに見ればよい話じゃ。」
「で、ですが葉月はこの神社にずっと住んでいるんだから例外ですわ。
私たちより長い時間をかけているんですもの、覚えられて当然です。
でもこの猫の娘大丈夫かしら?
私だってここにきて継承式の舞を覚えるのに2週間もかかったのに、継承式はもう明後日に迫っているのですよ。」
美紅は奈緒美の意地悪な目線に臆することも無く答えた。
「私がもしその舞を舞えたなら、先ほどの貴方の失礼な発言を訂正して葉月さんに謝ってもらえますか。」
一同がしーんと静まり返る。
奈緒美は目をまん丸と見開いていたが、やがて元の調子を取り戻して言った。
「い、いいわ!謝ってあげようじゃないの。
もし、ちゃんと舞えたならの話だけどね!」
「判りました。明後日までに覚えればいいんですね。」
美紅の冷静な態度に若干焦りを感じたのか、奈緒美が慌てて付け足した。
「あ、明後日じゃ継承式当日だし、そんな余裕ないわよ。
明日までに見せて!
明日までにあんたが完璧に舞を舞えたなら謝ってあげるし、あんたたちケダモノに対して人と同じ扱いをしてあげるわ!」
美紅は少し考えて、真顔のまま頷いた。
「…いいでしょう。」
「その代わり明日あんたが舞を間違えたりしたら、継承式に出ることは許さないわよ。」
「ちょっと待つのじゃ、奈緒美、勝手にそんなことを…」
神主が流石に止めに入る。
「神主様、止めないで下さる?
これは誇りをかけての女の戦いよ。」
「し、しかし…。」
神主が言葉に詰まったと同時に美紅が一歩前へ踏み出した。
「受けて立ちます。
私は貴方には負けません。」
美紅は凛としてそう言い放った。