「悟から話は聞きましたぞ。
貴方方がわしの依頼を受けて来てくださった妖怪退治の方じゃな?
お待ちしておりましたぞ。」
お爺さんは神官服に身を包み、優しそうな笑顔で二人に挨拶をしてくれた。
俺達は依頼主の神主さんに頭を下げる。
「約束の時間に遅れてしまったばかりではなく、こちらに助けていただいて、おもてなしまで頂いて、本当に感謝しております。」
美紅がもう一度頭を下げながらお詫びを述べた。
神主は優しく「頭を上げてくださらんかの、お嬢さん」と言った。
「約束の時間をあの時間にしたのはじゃな、夜になるとあのように怨霊が通りゆく人を襲うからじゃ。
そなたらが遅れたのには何か事情があったのじゃろうが、こうして無事でいなすった、本当に良かった。」
神主は二人が遅れたことを怒る様子も無く、心より無事を祈ってくれているようだった。
二人の心の中の申し訳なさからくる緊張や不安がゆっくりとほぐれていった。
「こやつらを迎えに行かせたのはそなたらの到着が遅いのを心配したのも勿論あるが、他にも理由がありましての。」
「理由?」
俺は不思議に思って問い返した。
「そなたらにこの件を依頼したのは、こういっては失礼かもしれんが、そなたらがその…とてもな、妖怪退治をしているようには見えぬからじゃ。」
俺達は妖怪退治の仕事を請け負っている登録事務所に顔写真つきの履歴書のようなものを渡している。
依頼する者はその履歴書を見て依頼する人物を選ぶことが出来る。
この神主も、その履歴書を見て神崎兄妹に依頼をしてきたのだろう。
妖怪退治をしているものの殆どが彼らよりもっと年上の、貫禄のある戦士ばかりだった。
隼人も忍の端くれ、自分達の容姿があまり強そうではないことや何処にでもいそうな獣人に見えることを理解していたし、その容姿を生かした任務を受けることもしばしばあったため、今回もそう言った依頼なのだと理解できた。
「この神社の、ここにおる者以外にはそなたらが妖怪退治のものだと悟られたくないのじゃ。
だから、ここにつく前にこやつらに事情を説明させて、これを着てもらおうと思ったんじゃが。」
そう言って神主は悟が手に持った神官服と巫女装束に視線を移したが、すぐに二人に向き直すと話を続けた。
「そなたらの到着が遅れたお陰で誰にも悟られずにそなたらをここへ連れてこれた。
もうこの時間には皆寝静まっておるからの。」
「わかりました。
隠密捜査をご依頼なのですね。」
「うむ、そういうことじゃよ。」
隠密捜査を希望されていることは理解できたものの、まだわからないことだらけだ。
「では、具体的にどのようなご依頼なのか聞かせていただけますか?」
美紅の問いに神主はゆっくり頷いて、再び口を開いた。
「この神社はもうじき神具の授与式を控えておりましての。
たった一人の清き巫女が、この霧峰神社にまつわる『双天紅槍』という神の力を宿した槍を授かるのじゃ。
この神社が代々行ってきた30年に一度の大事な儀式でのぅ。
その授与式に参加するために、何人かの巫女が全国より数名ここへ集まってきておりますのじゃ。
その巫女の中に、おそらくこの怨霊騒ぎを起こしている者がおる。
じゃがなかなか尻尾がつかめん。
よって、そこのお嬢さん。」
神主が、美紅を見て笑いかけた。
「私ですか?」
美紅が目を丸くして問い返す。
「うむ、そなた、巫女に扮してこの者を探ってくれんかの?」
美紅は真顔で少し考えてから、こう返した。
「…構いませんが、この神社には既に葉月さんがいらっしゃるでしょう。」
そう言って割れた盆を片付けている葉月を見た。
神主はホッホッホッ!と大きく笑うと言った。
「葉月は霊力は強くこの神社の警護にはとても役に立つが、単細胞故そういった仕事は向かん。」
「じいちゃん!」
「単細胞!ブッ!よく判ってるな、さすがじじぃ!」
「そなたらはちと黙っておれ。」
神主はクワッ!と二人を怖い顔で制してから続けた。
「とにかくじゃ、頭が切れそうで巫女に扮しても疑われぬ年頃のそなたにはうってつけの役じゃ。引き受けてくれるかの?」
「えぇ、わかりました。」
美紅はそう言って頷いた。
「じゃ、じゃあさ…俺は…?」
俺は何のためにいるの?と自分を指差して爺さんに聞いた。
「そうじゃなぁ、あんたさんはこのお嬢さんの付き添いってところですかのぅ。」
「付き添い…。」
イマイチ盛り上がらない役割配分にガッカリな気分だ。
「勿論戦闘が起こったときはそなたの出番ですぞ!
この霧峰の三獣人、氷牙、葉月、悟と一緒に怨霊と戦ってくだされば良い。」
「お、おう!今日は霊力がすっからかんだったから負けちまったけど、次はちゃんと……。」
”ちゃんと倒してやる”って言おうとして隼人は躊躇した。
正直、霊力が充分にある状況でもあの数を相手に敵うだろうか。
しかも単体でも相当手ごわい相手だ。
「そなたが言いたい事は判っておる。
あの怨霊の群れを相手にできる獣人などおそらくおらんだろう。
こやつら3人ですらそなたらを助け出すので精一杯じゃった。
今までも何度か腕に自信のあるものが退治に来たが駄目じゃった。
逆に妖怪退治の者が来るたびに首謀者は警戒を強め、怨霊を更に呼びだしおった。」
神主の言葉を隼人は黙って眉を潜めて聞いた。
「だからこそ首謀者を見つけて叩かねばなりますまい。
この神社には神槍『双天紅槍』の霊力を利用して結界を張っており、流石にここまでは怨霊は入ってこれん。
じゃが『双天紅槍』が首謀者の手に渡れば危険じゃ。
その力を悪用されればこの霧峰の山奥に封印された『鬼門』を開かれてしまうかも知れぬ。
そんなことになればこの地にあっという間に妖怪が溢れ出し、地獄絵図と化してしまうじゃろう。
そんな事態になる前に何とかせねばならん。
お二人、危険な任務かと思うがこの三獣人にも協力を頼んであります。
どうか、よろしく頼みますぞ。」
「わかりました。全力を尽くしましょう。」
隼人と美紅は気持ちを引き締めてそう答えた。