霧峰神社の三獣人-4項- 迫り来る怨霊

夕刻を過ぎ空が薄暗く染まった頃、二人は山を抜けて人気の無い田舎道に出た。
そこには霧峰神社の方角を示す苔むした立て札があった。

「来た道はあっているようですが、まだ少し歩かなくてはなりませんね…。」

「バイクで来る距離を歩いてきたんだから、仕方ねぇよ。」

「…そうですね。
約束の時間に遅刻するなんて、私たちの信頼がた落ちです…。
今更行っても仕事を断られるかもしれませんが、それでもやはり行かなくては。
…本当に今日は散々です…。」

美紅は疲れた表情で力なく呟くように言った。

今日は随分な距離を歩いた。
旅には慣れているけれど、普段はHAYATEで移動するのでこんなに歩くのは久方ぶりだ。
美紅も足が痛いだろうが、約束の時間を過ぎてしまって依頼主を待たせている状況で休むわけにも行かない。
美紅の言うとおり散々だと隼人も思ったが、後少しの霧峰神社までの距離を気合で乗り切るためにもポジティブな思考のほうがいいだろう。

「でもさ、今のところ妖怪にも遭遇してねぇし、俺ら腹は減ってるけど怪我もせずに無事なんだからよかったじゃねぇか。」

「…そうですね。
そういえばあまりにも妖怪の気配が無さ過ぎて不自然な気もしますけど…。
でも今はあまり考えないでおきましょう。
この状況で戦闘はしたくありません。
妖怪が出てこないのは不幸中の幸いです。」

「そうだな…。
もう腹減りすぎて戦闘どころじゃねぇもんな。」

疲労と空腹で二人とも元気は無かったが、険悪なムードが晴れたことにはホッとしている隼人だった。

(乳のこと何であんなに気にしてたのか気になるけど、とりあえず霧峰神社に向かうのが先だな…
この仕事が済んだら、美紅に聞いてみよう。)

隼人が頭の中でそう決意したとき、辺りの木々がざわめき立った。

(この気配は…!)

全意識を集中させる。
美紅も何かを感じたのか歩みを止めて意識を集中させているようだった。

「……来ます…!!」

美紅の凛とした声を合図に隼人は愛刀疾風を亜空間より取り出した。
空の闇がうごめくように何かを形取り始め、嫌な妖気が増幅していく。

(畜生、この感じは怨霊…!
妖怪と呼ばれる中でも”器”無しで存在できるほど霊力の高いタイプだって師匠が言ってたな…。
こういうタイプには”器”が無いから通常攻撃は全く通用しねぇ。
同じ”霊力”をぶつけねぇと。
この霊力すっからかんの時に、全く嫌な相手だぜ…
今の残りの霊力じゃ馬鹿でかいHAYATEを霊珠から出すのは無理だ。
逃げることも出来ねぇ!
やりたくねぇけど闘うしか無い…!!)

「兄さん、走って!」

そう言いながら美紅が俺の背中を軽く叩いて走るように促す。

「わ、わかった…!どうする気だ?」

隼人は美紅に言われるまま走りながら訊いた。
まだ形を具体化させる前の怨霊と距離が出来ていくが相手は怨霊、移動スピードは桁違いだ。

「走ってもあいつ相手じゃすぐ追いつかれちまうぞ!」
「わかってます!
今の残り霊力じゃこんなことしかできませんけど…!」

美紅が術の詠唱を始めた。
怨霊は既に無数の顔が解けて固まったような不気味な形を象り、隼人と美紅のいる方向へ向けて物凄い勢いで飛んできた!

「霧隠れの術!!」

後少しで追いつかれるギリギリのタイミングで美紅の唱えた霧隠れが発動し、辺りはみるみる白い霧に包まれていく。
怨霊のみがその霧の中では感覚が奪われ、隼人たちには逃げる隙が出来た。

「今のうちです、早く…!」
「おうっ!」

美紅の唱えた霧隠れの術が有効なうちに隼人たちは怨霊からかなりの距離をとることに成功した。

「はぁっ、はぁっ…こ、ここまで離れれば、さすがの怨霊も私たちを見つけることは出来ないでしょう。」
「はぁっ…だ、だな…ナイス、美紅…。」

隼人がそういい終わらないうちにさっきの怨霊と同じ嫌な妖気が辺りにたち込め、複数の鬼火を纏ったおどろおどろしい無数の顔の集合体の姿をした怨霊が二人の前を立ちはだかるように現われた。

「なっ…!さっきの奴か?」
「違います、これは新手のようです…!周りを見てください…!」

美紅に言われて周囲を見渡すと、沢山の怨霊に二人は周囲を囲まれていた。
隼人の額に脂汗が滲み出してきた。

(やべぇ、これは絶体絶命のピンチだぞ…
これだけの怨霊相手に敵うわけが無い!
だが退路は絶たれてる…
どうする…??)

周囲を警戒しながら必死に策を考える隼人だったが、怨霊は考える隙も与えずに二人に向かって襲い掛かってきた。

「美紅っ!!」

美紅を自分の背中に庇いながら、隼人は疾風に今持てる全霊力を込めると斬り付けた。

—ぎゃあぁぁぁ!!

風の刃を受けた怨霊は苦痛の表情で叫び怯んだが、すぐに体制を整えて再び攻撃を仕掛けてきた。
一体だけではない、今美紅を庇った背中側からも別の怨霊が襲い掛かり、他の怨霊はいつでもこちらに襲いかかれる距離にいる。

—チッ…ク…ショー…!!!

「兄さん!兄さん…!!」

美紅が呼ぶ声がする。
痛みで感覚が判らないが、おそらく美紅は俺の胸辺りを掴みながら揺さぶっている。
額から垂れて来た血が目に入って視界が定まらない。
これは、多分俺の血なんだろうということだけは自分の体から発する痛みが証明している。
痛みに疼き、血に滲む目を薄く開けば、自分が今美紅を庇って地面に押し倒した状態で覆い被さっていることが判った。
俺に押しつぶされた美紅は泣きながら何度も傷を治癒させる術を俺にかけ続けていた。

「兄さん!…兄さん!しっかりして!兄さんっ!!」

美紅の触れたところから暖かい光が流れ込んでくる。
それと同時に背中に追い討ちをかけるような鈍い痛みが走るとまた体から自分の命が抜け落ちていく。

「嫌っ!…兄さん、お兄ちゃん…しっかり…しっかりしてぇ…!!!」

美紅が泣きじゃくりながらそう言っている。
俺はそんな美紅を安心させたくて大丈夫って答えようとするけれど、上手くいかない。
意識が…。
駄目だ、手放しちゃ駄目だ。
しっかりしないと…俺、兄貴…なの…に。
遠ざかる意識の中で、見慣れない光が辺りを包むと同時に複数人の掛け声のようなものが聴こえた。

「霊力相殺衝 冷雷焔!!!」

 

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