霧峰神社の三獣人-3項- 仲直りと遅刻確定

深い山道を少し距離をあけた二人が淡々と歩いていく。
あれからずっと会話は無かった。
隼人は妹の背中を見つめながら、この重苦しい空気を打破する切欠を探していた。
妹は黙々と山道を歩むだけだ。
微妙な雰囲気や尻尾の動きから、鈍感な隼人にも美紅の機嫌がやはり今も変わらず悪いことだけははっきり判った。
結局一体何て声をかければいいのか判らずに言葉を何度も飲み込んだ。

(さっきみたいな美紅初めて見たな…。
一体どうしちまったんだ?
美紅も腹減って気が立ってたのか…?
それともあれか、女の子の日って奴か…?

隼人は空腹を通り越してぼーっとした頭でそんなことを考えたりした。

(とにかく…乳が気になってんだな。
よくわかんねぇけど…巨乳に憧れてんのか?
別に、美紅についてる乳なら俺はどっちだって好きなんだけどなぁ。
でも、小さいほうが美紅に似合ってるよな。
でかいと絶対違和感あるぞ。
そんなこと言ったら怒られるから言わねぇけど…)

また隼人の腹がぐぅぅ・・・と鳴った。

(駄目だ駄目だ!
腹が減りすぎてどうしようもない事しか考えられねぇ!)

(でもHAYATEをしまったのは正解だったな…。
この険しい道をHAYATE押して歩いたらあっという間に体力まで消耗してしまっていただろう。
でも歩くのもそろそろ限界…。
は、腹が減りすぎて…。)

妹を眺める自分の視界がぼんやり霞むのを感じて眼を擦った。
すると、美紅がふと立ち止まると何かを確認してから山道の脇の茂みに入って行くのが見えた。

「お、おい、一体何処へ……」

そう言いながら美紅の後を追って茂みに入ろうとしたが、茂みの前で隼人は少し考えて立ち止まった。

(そいや、随分前に茂みの中まで美紅を追っかけて怒られたことあったな…。)

隼人の顔がみるみる赤くなっていく。

(用足しかな…。
いつもならそんときはジェスチャーでこう…)

隼人はいつも美紅が旅先の用足しの際に使うジェスチャーを頭に思い浮かべてみた。
両手の人差し指を使って”T”の字を作るのだ。
美紅と妖怪退治の旅をするようになって間もない頃に一度用を足しに茂みに入った美紅を追っかけていって怒られたことがあった。
それ以来二人は用を足したいときはこうしてジェスチャーでその意思を伝えるように決めたのだ。
別にトイレくらい口に出して言えばいいと隼人は思うが、美紅は兄には少々言いづらいらしい。
あのジェスチャーをする際の美紅の微妙に羞恥した表情をいつもこっそりと脳内保管していたのは内緒だが。

(喧嘩して気まずいからあのジェスチャーをしなかったのか…
それとも別の目的…?
どっちなんだ…。
こんな山の中で美紅とはぐれるのはごめんだぞ。)

…そんなことを思いながらしばらく待ってみたが…遅い。
隼人は追いかけて茂みに入るべきか、もう少し待ってみるか悩みながら一人同じ個所を行ったり来たりしていた。

そのとき。
隼人の背後からガサッと音がした。
ギョッとして振り返った先には仏頂面の美紅がいて、その手には山葡萄をぶら下げていた。
ぽかーんと口をあけたままの間抜けな姿の隼人を見て、美紅は少し表情を和らげると山葡萄を一房差し出した。

「これじゃ足らないでしょうけど、無いよりはマシでしょう。」

山葡萄を口に放り込みながら二人は再び山道を歩き始めた。
でもさっきよりは二人の距離は近い。
空腹を癒すまでとはいかないが、口の中に広がる甘酸っぱい味が心を解してくれる。

「…山葡萄取りに行ってたんだな。俺はてっきり…。」

ついいつもの口調で喋ろうとして隼人は途中で口をつぐんだ。

(この先を今の美紅に言ったら更に怒らせちまうよな…。)

「…用足しかと思ったんでしょう。」

自分が言いかけてやめた言葉を美紅から言われて隼人は山葡萄を喉に詰まらせてしまった。

「ゴホッ!ゲホッ…!…え、いや…別に…。」

困ったように返答しながら美紅を見上げたら、その表情は思ったより柔らかかったので、隼人はホッと胸を撫で下ろした。

「…不用意に追ってこなかったことは誉めてあげます。」

そう言いながら美紅の頬がさっと赤く染まった。

(あ、山葡萄取るついでに用足し済ませたんだな…。)

隼人は思ったことを顔に出さないように勤めながら、ははっ、と笑った。

「…私たち、もう完全に遅刻ですね。」

美紅が木々の合間から覗く空を見上げながら諦めたように呟いた。
つられて見上げた空は既に茜色に染まり、約束の時間を告げていた。

 

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