霧峰神社の三獣人-2項- 喧嘩

神崎隼人と美紅の二人は、霧峰神社へ向かうために霊力バイクHAYATEに跨って家を飛び出した。
隼人は今朝の出来事などすっかり忘れて、HAYATEのスピードで受ける風を感じながら初めての土地への期待で胸が膨らんでいた。
もちろんその先には妖怪退治という殺伐とした目的があるのだが、隼人はこうして旅をするのが好きだった。
何かとおっちょこちょいな自分のことをしっかり者の妹がフォローをしてくれるし、二人ならどんな場所にだって行ける自信がある。
旅の合間で美紅が笑ってくれるのが何より嬉しい。
今日の天気は快晴だし、風も強くないし妖怪の気配も感じない。
出だしは至って順調だった。

太陽が真上に昇りきった頃、神崎隼人は風が良く通る見晴らしのいい山道の高台でバイクを停めた。

「腹減った…そろそろ飯にしねぇ?」

「そうですね…丁度正午ですしいいでしょう。
ここでお昼にしましょう。」

「やった!」

隼人は美紅が早起きして作ってくれた特製弁当がとても楽しみで尻尾を左右にブンブン振りながらお弁当箱の出現を待った。
美紅はいつも自分の中の霊珠に亜空間を利用した術を使ってお弁当をしまっていた。
いつものように指先で重箱が取り出せる大きさの弧を描き、そこから手を差し入れてお弁当の入った重箱を探す美紅。
しばらくごそごそと探していた美紅だったが、やがて探すのをやめると眉をひそめながら全く彼女らしくない言葉を呟いた。

「お弁当、持ってくるの忘れちゃいました…。」

暫くの沈黙の後、隼人が口をパクパクさせながら叫んだ。

「えーーーっ!
何だよそれ!お前が…?弁当を忘れた…!?ってマジかよ、おい~」

「…情けないですが、本当のようです…。」

戸惑いながら俯いてため息をつきながら力なく答える美紅。
そんな美紅を見たら失敗を責めるわけにもいかなくて、隼人はぽんっと妹の頭を叩き、見上げた妹に向かって笑いながら言った。

「まぁ…誰でも失敗はあるよな?
お前はいつも完璧だから珍しいってだけで…
弁当楽しみにしてたけど…まぁしゃあねぇかぁ・・・
しかし、腹減ったな…。」

ぐぅ・・・兄の腹が情けない音を立てた。

「携帯食料とか…ねぇの?」

「…すみません、今回の目的地はそれほど遠くないですし、依頼主の霧峰神社で食料を調達できることを見越して持って来てないんです。」

「そ、そっか…。
けど…俺、昼の弁当楽しみにしてここまで随分飛ばしてきたから…霊力あんまし残ってねぇし…後ちょっとしか走れねぇよ。
どうするかなぁ。
まさかお前が弁当忘れるなんて夢にも思ってなかったし…あ~あ、がっかりだぜ…」

悪気があったわけではないが、最後の言葉を聞いた美紅が顔を上げた。
その顔は驚くくらい真っ赤だった。

「に、兄さんが朝からあんなだから!
だからいけないんです。
だからお弁当忘れちゃったんです!」

兄はすっかり忘れていた朝の出来事を一瞬にして思い出し、お弁当を忘れたことを自分の所為だと言う妹に黙っていられなかった。

「…なッ!
お前、まだあれ気にしてたのかよ。
つか、それが原因で弁当忘れたなんてすげぇ言いがかりじゃねぇか。」

空腹で気が立っていたのか、口調がきつくなってしまったと後悔したが遅かった。

「兄さんの所為ったら兄さんの所為なんです!
兄さんはいつも大きなおっぱいの女の人ばかり!
そんなに巨乳がいいですか!
このおっぱい星人!!」

妹は更に真っ赤になってよく判らないことを声を荒げて言い返してきた。

「はぁ???
お前が弁当忘れるくらい気にしてたのは俺の下半身だろ!
何でそこで巨乳が…わけわかんねぇ。」

隼人は美紅に自分が巨乳好きだと勘違いされていることや、美紅が何をそんなに感情的になっているのか測りかねたりしていることや、いろいろな感情がごちゃ混ぜになって上手く言葉が出てこない。

「判らなくて結構です!
兄さんに私の気持ちがわかるわけが無い!
あんなに…あんなになるくらい巨乳さんが好きなんですよね?
そんなおっぱい星人はおっぱいに挟まれて窒息すればいいんです!」

「おっぱいに挟まれて窒息ってなんだよそれ!
だいたい朝のあれはやらしいことを考えてなるわけじゃねぇって言っただろ!」

「だけど、あの本がベットにあるってことは、あの本を昨夜見てあの状態になったってことですよね!」

「何だよお前、さっきから何が言いたいのか全然わかんねぇ!」

「私だって良く判らない!!」

普段の美紅から想像も出来ないくらい一際大きな声でそう叫びきった後、数秒間呼吸を整え、再び口を開いた。

「ただ…不愉快なんです。
私はあんな大きな胸にはとてもなれそうもない。
なのに兄さんは大きなおっぱいの女の人にばかりはぁはぁして。
兄さんには私の気持ちなんてわかりっこありません。」

美紅は淡々とそれだけ口にすると、一人山道を歩き始めた。

「お、おい…何処行くんだよ。」

美紅の様子に戸惑いながら隼人が呼び止めた。

「別に。
先を行くんです。
夕刻までには霧峰神社に着かなければなりませんから。」

「先行くって、待てよ、HAYATEは…」

「どうせもう少ししか走れないんでしょう。
ご自分の霊珠にしまうだけの霊力が残っているならしまったらいかがです。
ここから後20キロは山道を歩くんです。
それとも霊力が尽きるまで走りきって残りの山道をヨレヨレになりながら押して歩きますか?」

どこか冷たく言い放たれた妹の言葉に複雑な気持ちになりながらも、隼人は黙ってHAYATEに向かって亜空間を作り出して自分の霊珠の中にしまい込み、走って美紅の後を追った。

 

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