『貴様ら二人とも許さん…!!
許さんぞーーー!!!』
怒りに身を震わせながら水の身体を荒々しい野獣の頭と変化させて物凄いスピードで迫りくる水の怪。
二人とも先の戦闘で霊力を使い果たしてしまい、攻撃を避けるので精一杯だった。
「ひとまず逃げるぞ、美紅!」
「判ってますけど、走って逃げたって追いつかれますよ…!」
「HAYATEなら振り切れるだろ!なんとかHAYATEまで…」
兄は走りながら泉の辺に放りっぱなしのマイマシンを指差した。
「兄さんの今の霊力でHAYATEに乗ってどうするんですか。」
美紅は無駄のない動きで泉の怪が飛ばす水の矢を避けながら言った。
「そ、そうだった…!」
隼人は美紅を泉の怪から開放できた安心から、己の霊力がすっからかんでHAYATEを走らせることはおろか疾風に霊力を込めることすらままならなかった現状を思い出した。
「こんな時に…食い物が…食い物さえあればっ!!」
隼人が心より食べ物を求め、力いっぱいにそう叫んだとき。
—ぽてッ
なんと…!二人の目の前におにぎりが…落ちてきた。
「食い物!!」
隼人はおにぎりを素早く掴むと口に放り込んだ!
「兄さん、拾い食いは駄目だっていつも言っているじゃないですか…!」
「わ、わかっへふほ(わかってるよ)…モグモグ
例えこのおにぎりが腐っていようと…一時的に霊力が復活するなら勝機が見えてくるかもしれねーだろ!ゴクン…マズイ…」
ゲンナリした顔の隼人、しかしおにぎりは味は不味くともとりあえず痛んではなかったらしい。
霊力が回復していくのがわかる。
このおにぎりの不味さには心当たりがあった。
「師匠…!?」
隼人は慌てておにぎりが降って来た頭上を見上げる。
しかし見上げた上…木の枝には誰も居なかった。
「あの人らしいですね。神出鬼没で何も言わずに去っていく辺り。
かっこいいと勘違いしてるんでしょうか。
どうせならあの泉の怪を倒していってくれれば良かったものを。」
美紅が泉の怪を振り返ると、師匠の置き土産の時間術法により一時的に動きを封じられていた。
彼らの師匠である時雨と名乗る男は、時折こうして二人のピンチを助けに現われたりする。
(肝心なときに来なかったりするのでアテにはできないが)
小さい頃故郷を無くした二人に忍びの戦術を教えたのは彼で、二人は幾度となく彼に助けられてきた。
そのかわり彼には出来ないことを彼らは果たすという約束をし、武者修行もその約束を果たすためだった。
時を操る術を使う天使との事だが、少々変わり者であった。
「美紅、お前の分のおにぎりも…」
「いりません。
私の分まで兄さんがお食べなさい。
そして兄さん一人であの泉の怪を倒してください。」
「なんだよ、折角師匠がお前のぶんもおにぎり作ってくれたんだぞ。」
「あんな激しくマズイおにぎりなんて金輪際口にしたくありません。
なんだっておにぎりに余計なものを混ぜるのでしょうか…
おにぎりに私の作ったきゅうりのぬか漬けを刻んで混ぜてしまうなんてぬか漬けの悪用です。
温かいご飯にキュウリの青臭さが染み出してしまうからこんな最悪な風味に見舞われるんです。」
「……ハハ。」
隼人は妹の愚痴を毎度のことと苦笑して聞き流しながら、師匠の置き土産の時間魔法が解ける気配を感じた。
「よし、あいつが完全に動き出す前にやるぞ…!美紅、HAYATEに乗れ!」
「…?HAYATEで逃げるのですか?」
「いや、いいからみてろって!」
二人は泉の辺に放置してあったHAYATEまで駆け寄ると素早く跨った。
隼人がHAYATEの動力源である風の霊珠に青玉に触れるとHAYATEが動き出す音が聞こえた。
「美紅、しっかり掴まってろよ!
いっけぇーーー!!!」
泉の怪との距離から出せる最高の出力でHAYATEを走らせた隼人は、そのまま泉の怪の中心部めがけて突撃した!
HAYATEは空は飛べないが、多少の跳躍くらいはこなせるので空中に浮いたまま時間が止まっていた泉の怪に突撃するのは容易かった!
『な、何のつもりだ…!!』
時の術が解け動き始めた泉の怪が唸り声を上げるがそのときにはHAYAYEのスピードで水の幕を打ち破り、目の前には泉の怪の心臓部である霊珠核があった。
「じゃあな!泉の妖怪さん!」
隼人は右手に5つの手裏剣を亜空間より取り出し風の霊力を集めると、至近距離から放った!
「風魔手裏剣!!」
投げ武器の命中率の低さでは定評のある隼人、遠距離からでは全く当たらなかったこの手裏剣も、流石にこの距離では外すこともなかった。
風を纏った5枚の手裏剣が泉の怪のキラキラ光る霊珠核を捉え、隼人たちを飲み込んだままの泉の怪の体に衝撃が走る。
『グッ……グアァッ……!
こ、こんな…異国の地で…果てたくない…!!
我の…永遠の…古里よ…!
グアァアアア———-!!!』
泉の怪は苦しそうにそう叫びながら、その姿は光に溶けるように消えてしまった。
二人の目の前には泉の怪がそこに存在した証である霊珠核の魂の抜け殻だけがあった。
「…なんとか倒しましたね…。
少し無茶でしたが兄さんにしては良く出来ました。」
ずぶぬれになって水を滴らせながら妹が静かに微笑んだ。
隼人はその笑顔に暖かい気持ちを覚えながら微笑み返すと、HAYATEを降りて残された霊珠を手にとった。
「アクアマリンですね。
これだけ純度なものなら霊具としての使い道も多様でしょうし、魔可不思議堂へ売れば高値で売れますけど…どうします…?」
美紅が兄の表情を伺いながら控えめに訊いた。
「そだな…。
師匠が今度現われたときにこいつを託すよ。
あの人いろんな時代や国を行き来してるから、なんかの用事でこいつの故郷に立ち寄ったときにでも埋めてきてもらう。」
「フフ、兄さんらしいですね。
だから万年貧乏なんですよ。」
「うっせー…!」
「でも、そういうとこ嫌いじゃないですよ。」
妹がそう優しい笑顔で言ってくれるのを照れくさそうに横目で見やる隼人だったが、ふと、妹の服が〔自分もだが)ずぶ濡れの為透けて見えているのが判って一気に心拍が高まった。
「お、お前、服、透けてる…」
「えっ…!?」
いつもスキのない妹の無防備なセクシーショット、照れくさくて一度目を背けたもののやっぱりしっかり目に焼き付けようと振り返るが、そのときには既に両手で隠されてしまった。
「な、なに見てるんです、いやらしいですね…。」
「いや…その…なんというか…気になって…。」
妹に軽蔑と恥ずかしさが入り混じったような表情で見られて気まずくなり、再び目を逸らす隼人。
「…着替えたいですけど今は霊力が底をついているので服も出せません…
兄さんの着替えも私が持っていましたし。
早くこの森を抜けましょう。」
「ん、そだな。」
HAYATEで森を走り抜ける。
泉の怪の霊力の影響で毒草しか生えていなかった茂みにも、すぐに雑草が生い茂るだろう。
鳥や虫や獣も住むようになるだろう。
そんなことをぼんやり考えながら目の前に見えてきた村に向かってHAYATEを走らせる隼人だった。
泉の怪-END-