泉の妖魔の隙を伺いつつ何とか攻撃を避け続けていた隼人だが、
元々霊力を吸われて極限状態だったのと疲労があいまって段々動きが鈍くなってきた。
(やべぇ…!もう、疾風に霊力を込めることもできねぇ…。
霊力を持たないただのナマクラじゃこいつら妖怪にはダメージが与えられないはず…
一体どうすれば…)
隼人は追い詰められる一方の状況で何とか美紅を助け出す方法を考えていた。
『どうした。半妖の小僧、動きが鈍くなってきたぞ?
そろそろ追いかけっこも終わりにしようではないか。
我に喰われ我の糧になれ!』
泉の妖魔が隼人を捕獲しようと牙で尖った口のような形に変形させて襲い掛かってきた。
(チックッ…ショッ…!!!)
隼人はとっさに手元にあった石ころを掴んで思い切り泉の妖魔に向けて投げつけた。
そんなものが奴に効かないのは判っていたが、ただ黙って飲まれるよりはと最後の悪あがきだった。
『石ころだと?
そんなものが我に効かぬことぐらいいくら馬鹿者でも承知な筈…
大人しく観念するが良い!』
「クッ…!」
悔しそうに顔を歪めながらも隼人は自分が投げた石ころが奴の身体に吸い込まれ、
勢いを失いながらも飲み込まれていく様を見ていた。
その先には泉の妖魔に飲み込まれ気を失っている美紅がいた。
(み、美紅ッ…!)
石ころは美紅の身体にぽてっと勢いを失った状態で届いた。
その僅かな衝撃で、気を失っていた美紅の身体が”ピクッ”と動いた。
(………ここは…この状況は…)
意識を取り戻したもののまだぼんやりした頭で状況を確認する美紅。
その視界には泉の妖魔の体内である水の幕を通して もう少しで喰われそうな危機的な兄の姿があった!
「美紅ッーーー!!」
兄が必死に自分の名を叫んでいる。
(水…私の全てを飲み込んで奪った水が私を飲み込んでいる……怖い…
でも、あの人だけは…
あの人だけは、私が守って見せます…!!!)
美紅は瞳を閉じて意識を集中させる。
彼女も泉の妖魔に霊力を吸われて弱ってはいたが、 それでも身体中に残っている全ての霊力を集めて術の詠唱を始めた。
「美紅っ、お前…!」
『小娘…悪あがきを…
だがどうせ我の身体の中。
全ての術は我の体内の水の幕を通して威力を失い核へは届くこともないのだ。』
「それは、どうでしょう。」
美紅の瞳がカッと見開いた。
その瞳は赤く、燃えるように輝いていた。
それを見た隼人が青ざめた表情で必死に何かを叫んでいる。
—駄目だ!美紅…!!あの妖刀を召還しては…!!—
(わかっています。
今はまだあの刀を使うべきときじゃない。
あの刀はこんな妖魔如きに使いません。
でも、この危機的状況を打破するために。
私の中に漂う霊珠よ…
本来の輝きを…
少しだけ、私に力を…!)
美紅は先程兄がぶつけてきたまま自分の側で漂っていた石ころを掴む。
『小娘、何をする気だ…!?』
美紅の掴んだ石は、美紅が集めた霊力を込めて赤く輝く。
—赤き風よ、水の幕を打ち破り泉の怪の核に届け…!—
美紅の放った石は、美紅の霊力を受けて風を纏い、 泉の妖魔の体内に漂う水色の核である霊珠に向かってまっすぐに飛んで行った。
『小癪な真似を…!しかし、その風を受けた石を避ければそれで終わりだ!』
泉の妖魔は己の体内に霊力を集中させて自分の中の霊珠を移動させて美紅が術で飛ばした石を避けようとした。
「知ってますか。私は怒るとしつこいんですよ。」
美紅が赤く煌く瞳で意地悪そうに笑って見せると、 石は逃げた泉の怪の霊珠を追尾して勢いを増してついにしとめた。
泉の妖魔はその衝撃で苦しみ、水の幕を維持できずに美紅は開放された。
美紅は慌てて兄の側へ駆け寄る。
その瞳はもう赤くはなかった。
「美紅…ばかやろ、ひやひやしたぜ。あれは使うなっていったろ。」
「はい、兄さんがそう叫んでいるのが聴こえましたから。
だからあれは使いませんでしたよ。」
「でも、眼、赤くなってたろ…。」
「状況が状況でしたからね。少し本気を出しました。」
美紅はぺロッと舌を出して笑った。
「おまえなぁ、俺がどれだけ焦ったかわかるか…。」
隼人は怒ってよいのかどうすればよいのか、困ったように美紅を軽くごついた。
「兄さんが不甲斐ないからいけないんです。
私にあれを使って欲しくないのなら、兄さんがこんなのに負けないくらい強くなってください。」
「あぁ・・・そうだな。」
兄は妹の頭をそっと撫でると優しく微笑んだ。
妹は幸せそうに頬を染めながら兄が頭を撫でてくれる感触に浸っていた。
しかし。
『グ……小娘、流石に今のは応えたぞ…!!
しかし…我の核はまだ健在…!!
貴様ら二人とも許さん…!!
許さんぞーーー!!!』
二人の目の前には怒りに震える泉の怪が聳え立っていた。