「さて、と…汚染チェックを始めますか。」
やっと服を着た兄の姿に一安心した美紅はそう呟くと空に弧を描いた。
スゥ—–
描いたラインをなぞるように微粒子のような光が無数に現われて、その中心から小さな硝子瓶が現われた。
そのガラス瓶は暫く空間を漂うように浮いていたが、美紅が手に取ると描かれた弧に集まっていた光も消え、その瓶は今二人がいる泉の辺のこの空間に存在するものとなった。
これは霊力を用いた物質運搬法のひとつで、妖怪や彼ら妖怪の血を持つものならば身体の中に必ず持っている『霊珠』という核のような球の中に物質を圧縮して収納する一般的な術だ。
無論『霊珠』に秘められた霊力は個体差があり、それに応じての範囲でしか物質は収納できないが、お陰で彼らはカバンを持たずして旅を出来て便利だった。
美紅は先程その術により取り出した聖水瓶の蓋を開けると、泉の縁に膝をつけて注意深く屈むと、泉の水を瓶で掬おうとした。
その瞬間、泉の水が美紅を飲み込むように形を変えて襲い掛かってきたのだ!
「—ッ…!」
美紅は声にならない悲鳴をあげた。
「美紅!!」
隼人は足がすくんで動けない美紅を助けようと駆け寄る—
だが一足遅く美紅は巨大な球に変形した泉の妖怪に飲み込まれてしまった!
泉に飲み込まれた美紅は意識を失ってしまった。
「クソッ!なんてこった!美紅ッ!!」
隼人は右手に霊力を集め、素早く亜空間を作り出すとそこから愛用している霊剣疾風を引き出した。
「美紅を返してもらうぞ!!」
隼人が疾風を構えると、勢い良く泉の妖怪に斬りかかった!
バシャッ!!
大きな水の音と共に疾風の刃は水を斬るが、手ごたえが無い。
本当に水を刃で斬っただけでその妖怪そのものの生命にダメージを与えられたという手ごたえが無いのだ。
「チッ…!」
隼人が悔しそうに顔をゆがめると、泉の妖怪に口らしきものが現われて水音混じりの声で言った。
『そんなナマクラで我に傷をつけれるとでも思ったのかね?
半妖の小僧…!』
「こいつ…喋れるのか、妖怪なのに。
美紅が気がつけないほどギリギリまで霊力を隠す辺り…その辺の雑魚妖怪とは数段格が違うみてぇだな…。」
『我を妖怪と呼ぶか、半妖。
我は遠き砂漠の誇り高き妖魔。
何の因果かこんな東の果ての島国に連れてこられ…
霊力を封じられ人間どもの研究施設で地獄のような日々を味わい…
しかし我を甘く見た人間達は愚かだった。
すべて飲み込み我の糧にしてやったわ。
それ以来この地でずっと力を蓄えてきたのだ…!
我をあのような目に遭わせた人間どもに復讐するためにな!』
(…そうか、聞いた事があるぞ。昔ここいらにでっかい妖怪研究施設があったって。
でも捕獲した外国の妖怪に全滅させられたって…それがコイツのことだったのか。)
「外国の妖怪さんよ、アンタの苦労話には同情しないでもないが、
美紅は返してもらうぞ…!!大事な奴なんだ…!」
『ふん、我とて久々の獲物、この娘を返すつもりは毛頭ない。
取り返したければ自力で成し遂げて見せよ。
貴様如き半妖に出来るとは思えないがな。
まして我の張った罠で霊力が極限状態まで擦り減った半妖等我の相手ではないわ!
半妖、お前もこの娘と共に我に喰われて今までの獲物同様あの姿でこの泉の底で眠るがいい…!』
泉の妖怪がが露になった泉の底を指の形で示すと、そこに白骨が沢山散らばっていた。
「ゲッ…!
あんな骨になってたまるかよ!」
隼人は泉の妖怪に言い返しながら考えた。
(早く美紅を助けねぇと…!こいつに飲まれている間に徐々にエネルギーが吸われてやべぇ…だがどうする?
こいつの近くにいるだけでどんどん腹が減って…俺の霊力はもう殆ど残ってない…
だけどこいつには疾風も効いてないみたいだった。
こいつの弱点が判れば…。)