泉の怪-1項-

夏休み、神崎隼人とその妹の美紅は旅に出ていた。
いつもの全国武者修行妖怪退治の旅だった。
日差しが照りつける音までが聞こえそうな暑い最中。
兄が尻尾をゆさゆさ振りながら間の抜けた声で言った。

「あっち~……だりぃ…」


辺りは人里から離れた森の中。
もつれそうな足を何とか支えながらバイクを押して歩く兄の背中はべったりと汗が張り付き、ヨレヨレになってしまっていた。
その背中を見つめながら少し後をテクテクと着いて歩く妹が口を開く。


「まったく、こんなときに燃料切れなんて情けないですね。」
「仕方ないだろ…腹減ったんだから。」

ぐうぅ…と、兄の腹が情けない音を立てる。


兄が押しているバイク、HAYATEは持ち主の特殊な力「霊力」を源に原動する。
よって彼の腹が減ればこのバイクはただの鉄の塊でしかない。


「なぁ美紅、何か食うものねぇの?」
「さっき兄さんが食べたので全部ですよ。
私だってお腹が空いているんです。
そんな情けない顔こっちに向けないで下さい。」
「そんなこと言われたってよ…
はぁあ…冷たい水が飲みてぇ…
腹減ったぁ…バイク重い…
なぁ、あそこに生ってる実、食えねぇかなぁ。」
「あれは有毒ですよ。
食べたら兄さん腹痛で半日は動けませんよ。」
「…ちぇ……。」


涼しげに振舞う妹もよく見れば疲れていて、髪の毛に汗の雫が出来ていた。


「頑張ってください。
この森を抜ければ小さな村があるはずです。」
「森を抜けるっつっても…随分歩いた気がするけどまだ抜けれねぇの?」
「…今大体森の半分くらいでしょうか。
日が暮れるまでには抜けないと私たちのたれ死んでしまいそうです。」
「んなバカな。
その辺の草とか…あと鳥なんか捕まえりゃいいだろ。」
「兄さん気がついてませんか?
この森には食べれる野草が生えていません。
鳥の気配すら無いですし…。
変ですね。いくらなんでも不自然です。」
「た、たまたまだろ、そのうち食いものが…」

ふと、兄の耳がっぴくっと動く。


「なぁ…水の音…だよな…?聞こえねぇ?」


兄は犬の血を持っているので耳が良かった。
妹は猫の血を持つので兄ほどではないが人よりも優れた聴力を持つ。
妹は兄の言葉に耳を傾けるが、彼女が確認する前に兄はバイクを物凄い勢いで押して音のほうへ走り出した。


「ひゃっほぅ~~~!!水だっ!みずーーー!泉だぜッ!!」
「あ、ちょっと待ってください!もう、兄さんってば…」


妹は火事場のバカ力の如く勢いで先へ進む兄を制しようとしたが既に遠く、その声は届かなかった。


「おかしいですね…地図によればこの辺りに泉なんて無かったはずなのに…。」


妹は不思議そうに首をかしげた。
目の前の木立が開け、美しい小さな泉が姿を覗かせていた。

 

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